奈良市春日大社・睡蓮の華

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 万葉植物園とも神苑とも言ってしまいます。この類の写真も、同じ構図、同じ位置で何年も飽きもせず、撮影しています。まだ、それでも「来年の構図」を考えているんだから、奈良は私にとってはやはり、不思議な「感覚を与えてくれる癒し的・歴史空間」なんでしょうね。

 人が心安らぐ時はどんな時なのか考えてしまうときがあります。職場での人間関係がうまくいき物事も順調に行ったときか、仲間と5時半以降にわいわいとのみながらくつろぐときか、それとも家で家族とのんびり食事したり詰まらぬことで言い合いをしてみたり、・・・どれも考えてみると大切な「人間の人生の一要素」を構成しているものなのでしょうね。
 
 反面、歯車がどれ一つ狂ってしまっても、それが原因で「人間は落ちこむ」ことになってしまうのでしょうね。今までの日本社会は、こうして「構成されてきた」といえるのではないでしょうか。

 息子や娘の将来を考えてみると、これからの社会はどうなっていくのかと不安がよぎります。親は大概、息子や娘より先に「浄土」へ旅立つもので、数十年先の未来まで生きていてやれないのが残念ですが。・・・まあ、それなりに鍛えられてたくましく生きていってくれるでしょうのエールさえ送ればいいのかも。私も隠居まではまだ早いですか。65歳くらいまでは、頭を使い働きたいものと思っていますから、まだまだ、愚痴る年代ではないのですが。

 本当にこれからの社会、格差社会」と言われるまでに、それが「妙に正当化」される状況になってきました。10年前では考えられなかったことです。「即戦力」や「実利性」ばかりが強調され、大学卒でも「文系」系統の学問をしたものには今の時代は、厳しい時代であると思います。
 「人をこれから育てる」という世界ではなく、「人は部品、いらなくなったゴミ、使い捨て、リサイクルお断り」の厳しすぎる社会になって行かねばいいのですが。
 
 人を育てる姿勢・・・「社会・会社」とも持てば、また、経済状況も変わっていくのではないでしょうか。今のままでは、日本は閉塞感を打破できないでしょうね。

 いつの間にか、前置きが長くなりました。そんなこんなで、「睡蓮の華」掲載してみました。
日差しもきつく、汗を拭きふきの状態で撮影しましたが、心の中では「夏の一瞬の涼風が通り抜けて」いきました。
 心地よき涼風は、いつの時ににも吹いて欲しいものです。・・・社会にも、家族にも、自分にも。

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